誰のための新約だったのか『機動戦士ZガンダムIII −星の鼓動は愛−』

たまたま土曜日は恐ろしく早く眼が覚めてしまった。
よし『機動戦士ZガンダムIII −星の鼓動は愛−』を観に行こう。

しかし、ちょっと待て。封切りの初回に詰めかける親父もかなり痛い。
そこで一番若いガールフレンドを拉致して札幌シネマフロンティアまで15分で爆走。おーけー、10:30の初回にぎりぎり間に合う。
だが、そこは流石、映画素人の俺。時間どおりに到着すればいいというわけではない。チケット売り場は長蛇の列(もちろんほとんどはガンダム目当てではないだろう)あっさり、あきらめたふりをして、円山さくら庵でそば食って帰る。
失敗した。ひとりだったら次の回、観てたな。

案の定、日曜日も何故か早く起きてしまった。
再びメール発射、即返信が来る「Re:ガンダムゥ?懲りねーな!」
よし、作戦変更「それより『超劇場版ケロロ軍曹』が観たい」と嫌がる息子ありすを無理矢理たたき起こして今度は早めに映画館へ。

あいかわらずチケット売り場は長蛇の列だが、ガンダムに関しては中にはいると意外と空いてる。封切り2日めだというのに流石、札幌。早く来すぎたせいだけではあるまい。おかげで本編前の劇場用CMをフルタイムで見せられる。そういえばこの佐藤隆太のカード会社のCMで俺がバーテンダーに扮してそっと出演していることを知る人は少ないだろう。

さて、そこまでして観たかったのは、パート1『機動戦士Zガンダム -星を継ぐ者-』はまだしも、俺でさえ睡魔に襲われた『機動戦士ZガンダムII -恋人たち- 』が編集屋からでもなくても、あまりにもひどい内容だったのだが、今回のこの完結篇だけは、辛口で知られるサイト★前田有一の超映画批評★で珍しく『映画として成立しており、3部作では最高の出来』と評価されていたせいでもある。

で、いよいよ本編。

助長なオープニングもなく話はぐいぐい進む。起承転結でいうところの承転転転転転転。
新たに書き直された新画に20年のアニメの進化を観る。惜しいのは旧画に合わせるためにグレイン(粒子ノイズ)かけすぎ。
アテレコは昔と同じ台詞の部分もおそらく全部録り直しだろう。なにしろ今回、ハマーンが一番かっこええ。昔と全然違う。まあ、20年も経てばあたりまえか。この声優は本当に上手いなあ。いつか一緒に仕事してみたいもんだ。でも声優は見るもんじゃない、感じるものだ。

一方、格を下げたのがシャア。
キリマンジャロやダカールの演説がばっさりカットされたこともあって、かつての赤い彗星の威厳はまるでない。最初から最後まで終始てんぱってる。
気持ちはわかる。アステロイドベルトから昔の恋人がいきなりやってきて、復縁しなければ殺すといわれてるようなもんだ。
しまいにはカミーユに「ファを連れて逃げて!ハマーンとシロッコは僕が殺ります!」と言われる程度の扱い。しかも追加されたシーンとして「私のケーキは!」とまでエマに詰め寄るなど、ロリコンに加えて甘党疑惑まで浮上。

交渉〜戦闘の繰り返しのストーリーだが、ゼダンの門から最後まで戦闘しっぱなしなのがちょっときつい。脳内補間全開で観なければならない。ついでに、森の熊さんなどモビルスーツを無理矢理ひととおり登場させなければならなかったバンダイの勝手な事情がなければもっとすっきりしたはずだ。

9コマでわかるZガンダムTV版。

期待の新約『誰も知らないラスト』

期待しすぎるとがっかりするのであらかじめ言っておくと、8コマめ『動けジオ、なぜ動かん、あべし〜』までは一緒。
その後、すべてが終わって解放されたようにゆっくり変形を解くZの新画から5分程度のエピソードが続く。一年戦争時代のクルーもひととおり現れ、特にセイラの登場は1stヲタを喜ばせるだろう。
エンドロールが始まると、声の出演者でセイラ(ライブラリー出演)とあったので調べてみると、声優の井上瑤さんは亡くなっていたらしい。残念だ。
これで、そもそもこの映画はガンダムファンのためだけに創られた映画でしかない事があらためてわかる。ちなみにエンドロールが終わってもTVシリーズのダルマ百式に相当するようなサービスカットは無いので、Gacktのラップに耐えられないなら途中で劇場を出ていい。

さて、これで完結となった新約『機動戦士Zガンダム』

新約だったのは最後の1コマではなかった。
シリーズを通じての重要なキーワード、粛正されるべき相手を示す「重力に魂を引かれた人たち」の台詞の部分が「地球の重さと大きさがわからない人たち」に差し替えられていた。
つまり、オールドタイプの定義が変わっている。
同時にガンダム全体のテーマであるニュータイプ論の解釈が変わっているのではないか。
劇場のシーンで差し替えられたこの台詞は「シャアもハマーンもシロッコも、おまいら、みんな古いニュータイプだ!」と言っているように聞こえた。

否定的な意見も多いだろう。
しかし、根本的に映画は監督のものだ。気に入らなければ自分で繋げばいい。

象徴的なカミーユとファのラストの駅弁シーン。
感じ合うだけではだめ。インターネットやモニターを通して世界を知ったような気になってはいけない。
一番愛する相手と直接触れあい、せっくすして子供を残すことが次の世づくりだ。

そういう意味で、これはバンダイのための新約でもガンダムファンのための新約でもなく、富野監督、自らの老いに対しての新約だったのだろう。

Posted by enokizu at 2006.3. 6 | トラックバック
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