反日感情がアジアカップをおもしろくする

前回のレバノン大会での日本代表が忘れられない。
弱かった頃から日本代表を応援しているファンにとっては前回のレバノン大会と1999年のワールドユースは忘れられない大会だ。

そんな思い出に馳せるほどのフラストレーションを蓄積し続ける今回のアジアカップだが、準々決勝、昨日の準決勝とようやく熱狂に値するゲームを魅せてくれた。本当に2試合とも感動的な勝利だった。

まず、準決勝のヨルダン戦はなんといってもPK戦での川口。
月経より長い周期、4年に一度という人もいるが、確変が起こったときの川口はまさに神。
報道では「最後に相手キッカーも外したことでPK戦勝利」てな言われ方をしてたが、あれは外したのではない。川口が入れさせなかった。たとえばゴールマウスに川口が立っていなかったとすると1000パーセント以上の確率でゴールを決めるだろう。それをポストに当てた。違いはひとつ。そこに鬼神、川口が居る。

キャプテン宮本もいい仕事をした。
PKが始まってから使用するエンドが変わったのは初めて観た。
直接、審判に提案できる宮本のお母さんが英語の先生で本当に良かったと思う。

PK戦勝利後のジーコのインタビューも印象的だった。
自身のワールドカップ、フランス戦での嫌な記憶と重ねていたのかも知れない。
「相手チームが(PKで)ゴールを決めるたびに(敗色濃厚の日本に対して)戯けて見せたり観衆をあおったり、挑発したりしていた。ああいう事は絶対にしてはならない。いつも相手を尊重しながら戦わなければならない」と、ジーコは半泣きの声で語っていた。
相変わらず熱い人だ。正直、初めてジーコはチームに残って欲しい人だ、と感じた。
監督は辞めて欲しいけど。

昨日のバーレーンは一層ドラマチック。
ただ一回のチャンスに決められ、先行されての退場。かつて日本代表がひとり退場してから逆転に成功したことあったっけな、と思い出しながら後半が始まるとあっという間に逆転。2点目の玉田のゴールも神。もう、ああいった場面でバックパスをしたり倒れるFWは使うべきではない。
これで10人でもきっちり守れると多くの人が安心しただろう。

しかし、小笠原の不用意なミスで自軍ゴール近くでボールを奪われ同点にされる。
またもや延長を予感させたが、終了5分前にバーレーンにカウンターからなんと逆転を許してしまう。ほとんどの人が負けを覚悟しただろう。そういう意味では終了間際の中澤の同点ゴールがこの日、最も価値あるゴールだったかも知れない。この日に限らず中澤は鬼神の活躍。まるで助っ人外国人選手みたいだ。
延長に入る前にベンチの土肥から「7番と11番の脚がつっている」とあらかじめ聞いて狙っていたという、玉ちゃんのドリブルシュートはルーニーばりの力強さ。加えてバーレーンが延長に入ってから決定的なチャンスを鈴木並に外してくれたおかげで、4-3のシーソーゲームに決着がついた。

まあ、確かに二試合とも祝福に値するが、ヨルダンに追加点をとれなかったこと、バーレーンに3点もとられた事を忘れてはならない。原因となるレギュラーメンバーのコンディションの悪さにも、つくづく準々決勝進出が決まっていたイラン戦でメンバーを総入れ替えしてたらなあ、と思うのだけれど。

こんな風に、かつてアジアレベルでは圧倒的だった日本がオマーン、ヨルダン、バーレーン相手に薄氷の勝利でしかないのは、驚きだが、理由は単純。アジア諸国がレバノン大会での日本代表をお手本にして組織重視のチームを作り上げてきた。一方、日本は組織重視を一端ないがしろにした。
アジア諸国が積極的に外国人監督を招聘してきたことも大きい。日本代表も大きく分けてオフト以前と以降に分かれるのではないだろうか。

たとえば、今回の代表メンバーにたとえ中田、小野、稲本が合流していても試合内容はそう変わらなかったんじゃないだろうかとまで思う。相手に与える脅威が鈴木とは段違いの久保は別かな。

加えて日本を弱らせる外的要因のひとつはスタジアムの圧倒的アウェイ状態。
ついアナウンサーも「アウェイの中〜」と言ってるが、正しくはセントラル。こんなんじゃ、ワールドカップ最終予選がセントラル方式になりそうで怖い。

そんな、アウェイを感じざるを得ない中国の反日感情だが、はっきりいって大げさに騒ぎすぎ。
確かに国歌や日本人へのブーイングは一部の人たちの反日感情から来るものだろうが、そこに愛国心には見えない。日本や韓国のようにスタジアムが真っ赤に染まることもないし、声を揃えて応援している様子もない。ただ、ぶーぶー言ってるだけだ。

もともと、差別意識なんぞは無知から生まれるものだ。すなわち幼稚。
民度の低さを問われても仕方ない。
おそらくは、みんなでぶーぶー言ったり、反日の姿勢をとることが楽しくてやってるんだろう。反日の姿を借りて、日頃の表現の自由に対するストレスを解放してるだけのような気がする。

とにかく反日感情にかこつけて、スポーツ以外の視点でメディアが騒ぐのが腹立たしい。
もともとナショナリズムは存在してない。今こそ戦後に決着をとまでいう馬鹿までいる。

ブーイングするのは幼稚な個人であって、誰も国を背負っているわけではない。それを恥ずかしく思う中国人も居るはずだし、日本や中村俊輔のファンの中国人だってたくさん居る。なんせ13億も居るんだし。
そういった部分には触れず、しまいには靖国参拝問題とか、国会で動くべきだとか、スポーツでブーイングされたからってクレームつける馬鹿な政府があるか?
終戦記念日が近いからか?もう、朝日新聞とかの思うつぼ。

さて、楽しみなアジアカップ決勝は土曜日、中国(開催国)vs日本(前大会優勝国)
北京だけに10万人が集まるとも言われている。正しいチケット持ってるのは5万人くらいだろうけどな。

もはや結果は予想できないが、多くの人が中国有利だと思うだろう。
しかし、仮にゲームの結果、中国が勝ったとしても、将来、中国が世界のサッカー界へ君臨できるようになるとは思えない。あの人口の中での国をあげての強化、恵まれた体格や勤勉さからいつか中国が日本を越えるという人もいるが、アスリートならともかく、中国人にはフットボールにおける致命的なものが欠落している。
創造性だ。

なにもパチもんは作れてもブランドは産み出せないと非難してるわけではない。
創造性が育ちにくいのは中国4000年の歴史が理由だ。
過去の識者たちの偉大な遺産を暗記することが教育の基本概念(たとえば九九とか)だけに、国家の歴史を否定するような新しい発想を悪しきものと思われているのではないか。忘れることも悪。日本人ならではの「水に流す」にあたる言葉は中国語にはない。

まあ、おかげで、文化系サッカーファンとしては、幼稚な民度が露呈された今回のアジアカップはお国柄が見えなかった前レバノン大会より楽しめる大会になった。

果たして、このアジアカップはいかにして終わるのだろうか。
前大会の決勝が繰り返されるとすれば、あるのか?加地の確変!

どうか特別ルールのサッカーにならないよう、優秀な審判に裁かれることを祈る。
疑いたくはないが、なんせ中国はこれまで5試合で、5人の退場者と3つのPKに恵まれた事実を知っておかねばならない。

なんせ今年からアジアカップは欧州でも放送されてるらしいし。
昨日の試合なんか観たら欧州人、腰を抜かすぞ。

いろんな意味で。

Posted by enokizu at 2004.8. 4 | トラックバック
コメント

サッカーはイデオロギーと相性のいいところが逆に面白いとおもいます。文系サッカーファンとしては。

Posted by: Bd at 2004年08月05日 17:17
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