尾崎豊という亡霊

すんません、最近の尾崎リバイバルって何なんでしょう?

いえね、なんかトリビュート盤出たり、スカパー!のPPVで自伝アニメやってたり。
え?没後13回忌?はあ、そうですか。

先月のとある日、HMVから聴こえてきた「OH MY LITTLE GIRL」
すぐに「OH MY LITTLE GIRL」と解ったわけじゃない。ああ、これなんだっけ、と記憶をたぐり寄せる。ドラマ「この世の果て」の主題歌だったと思い出すまでにしばらく掛かった。おまけにオリジナルでなく女性ボーカルのカバーだったからだ。
思い入れもなく、ひたすら浪々と唄われた「OH MY LITTLE GIRL」を素直にいいなあ、と思ったもんだ。
一方、誰が唄ってるんだろうという疑問はすぐに解決する。
『BLUE ~A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI 』と『GREEN ~A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI 』2枚のトリビュートアルバムが店頭に陳列してあった。
ジャケットを取り上げて眺めている僕の横に制服の高校生たち「うわ〜、これ聴きたい〜!でも買いたくはないけど〜」

アーティストにとってトリビュート盤でのカバーというのは、ふたつのスタンスしかないと思う。
ひとつは、原曲から思いっきり離れて自分なりに昇華する志高いチャレンジ。大抵はオリジナルのファンに非難をあびる。もうひとつは、シンガーとしてだけの役割。アレンジは現代的に多少変わったとしても原曲の流れに逆らわず、浪々と唄う。この場合、スタンスとしてはリスナーと同じ立ち位置になる。松任谷由実関係のトリビュート盤は好例。

とりあえず買って聴いてみよう。「OH MY LITTLE GIRL」が良かったから。

我慢して最後まで聴いたものの、あの傍らの高校生たちは賢かった。
時間を無駄にした。典型的な企画もの。ああ、頭にきた。
どこが良くないのかを説明するのも腹が立つ。
要するに当時の尾崎豊のプロデューサーのためのトリビュート、自分のガキまで出すなよ。
参加したアーティストも芸歴が汚れるだろう(BLUE のほう)
もう絶対、トリビュート盤やベスト盤を買うのは止めよう。
もうJポップも買わん。

墓を掘り起こされた哀れな尾崎豊。
実はファンでもなんでもないどころか、ほとんど知らない。
「I LOVE YOU」とか「卒業」なんて唄は本人のバージョンより誰かのカラオケで最初に聴かされたくらいだ。世代的にも微妙。リアルタイムみたいな尺度で測れば僕より一世代後か?
もっと世代的に遠くて、もっと俗っぽい唄もたくさん聴いてたのに、むしろ積極的にスルーしてた気がする。
どうしても埋められない温度差があったからだ。

当時はまだ歌謡曲とロックみたいな垣根が明確にあった中、尾崎豊の扱いは微妙だった筈。モッズ、ARBとか当時のメッセージ性の高いロックアーティストが地道な全国ツアーやインディーズの下積みを経て、やっとメジャーデビューしたのに比べて、確かこの人はCBSソニーのオーディションかなんかでポッと出てきたんじゃなかったっけ? いや、尾崎くんは悪くないんだけどさ、こういったオーディションって大抵最初から決まってて、正体はただの大がかりなプロモーションだったりすることが多いわけで、そんなやっかみも多分にあるんだろうな。
事実、メッセージ性の高いアーティストで最初にセールス的に成功したのが尾崎豊のような気がする。

不幸自慢もいいけどさあ、なんか、君が抱えてる苦悩よりもっと辛い事、沢山あるんじゃないか、とか。ネガティブでもいいけどステージで汗かきすぎ、とか、人生の元手が掛かってないじゃん、とか、ガラス割るなよ、とか、前髪切れよ、とか、否定はしないけど、ひとつだけ言いたいのは、死ぬなよ。

カート・コバーン、おまえの事だ。
ロックなんかで死ぬなよ。
いまどき。
しかも、ロックだぞ?

馬鹿だとまでは言わないけどさ。
ただひたすら気の毒だ。
本当に気の毒。

それくらい頭にきている昨今の音楽産業の墓掘り。
化けて出てやれ。

Posted by enokizu at 2004.4.19 | トラックバック
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