クリスマスの奇跡

22日の憂鬱についてのメールが届きました。

両親がクリスチャンのだんでらいおん(仮名)さんは、クリスマスって誰かと一緒にすごすものだったの?とびっくりしたらしいです。
確かにそういわれれば、そうですね。僕たちの俗っぽいクリスマスは、異教徒の中の異端たちが戒律を犯す世襲でしかないのです。あーめん。

ところで、実は、僕の育ての母親が小さな喫茶店を開いているのですが、昨日の午後、30過ぎの不健康そうな男がふらりと入ってきたそうです。店には常連の客が一人居るだけの静かな午後です。

汚れた身なりのその男はおどおどした眼であたりを伺いながら、席についてビールを一本注文したそうです。それを時間を掛けて飲んでいるのを見ながら、カウンターの常連客に、様子がおかしいと言われた母は、男の席に行って、昼の営業は2時まで(もうすぐ閉める)ですがよろしいですか?と訊ねた。
すると、男は相変わらず臆病な様子のまま、小さな決心をしたように、焼きそばを注文したらしい。そして瓶ビールをもう一本。

やがて男は、自分の車を店の前につけてもいいか?と訊ねた。駐車場があるのでそこに入れてください、と言われると、はい、と小さく答えて、男は出ていったまま、誰もが容易に想像できるように店には二度と戻ってこなかった。

男の席には紙袋がひとつ残されていた。親切な常連客が中身を調べると、粗末な上着とレモンが一個、汚れた替えの下着が数枚、そしてこれ一枚で路上で眠るには身も凍るだろう薄っぺらなブランケットが一枚。最後に果物ナイフ。

やがて、警察がやってきて調書を取り始めた。

母は被害届は出さなかった。僕の若い頃にそういう時代があったことも知っていて他人事とは思えなかったらしい。そして紛失物届け関係の書類を一枚書いた。その荷物をここに預かりたくなかったからだ。
親切な警官は、お客さんの忘れ物とすると持ち主が名乗り出ない場合、また戻ってきてしまいますよ、と告げた。おかげでもう一枚、書類を書かされたそうだ。

できあがってしまっていた焼きそばだけが、捨てるに捨てられずずっと厨房の皿に残ったままだったらしい。
被害はビール2本に留まったが、母は、せめて焼きそばくらい食べさせてあげたかったね、と僕に言った。

前回の憂鬱を撤回する。
もはや僕たちはそこに誰が居なくても、暖かい部屋で暖かい食事ができることに至上の幸福を感じることにしよう。

しかし、男が自分の持ち物すべてを引き替えにしてまで飲んだ2本のビールは、何物にも代えがたい上手いビールだったのではないだろうか。
そしておそらく、その日、彼にはどうしてもその日、どんな事をしてでもビールを飲みたい理由があったのだ。

彼のクリスマスの奇跡は叶った。

南無。

Posted by enokizu at 2000.12.24 | トラックバック
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