謹賀新年。
夕方眼が覚めて、おせちを食べながら年賀状に眼を通す。
仕事関係はもちろんプライベートな年賀状はオフィスから出しているので、ここに届いているのは当然、家族関係。
さて、中には嫌悪する人も居るくらいの、どうして子供の写真でつくる年賀状が多いのだろうか、という事。
僕も独身時代に不思議に思っていたものだが、そう言っていたはずの僕も実際、子供の写真で年賀状を作り続けている。
仕事上でもそうだが、中にはほとんど年賀状でしかつきあいのない人もいる。自宅に僕宛に届くのは、普段日常的につき合いがない、それでも大切な懐かしい友人たちだ。
それでも、一枚一枚噛みしめながら読むほどでもなく、大抵は誰から来たものかを確かめる程度しか、ぱらぱらと見ないものだ。そうして一年ごとにしか見ない他人の子供の写真を見て年月の積み重ねを感慨深く感じて、年に一度、その瞬間だけ、その人との記憶を少し思い出してみる。
こう、ずっと会っていない人たちに関しては、年賀状という習慣を毎年事の家族写真、あるいは自分の写真を交換しあう文化になれば、それはそれで楽しいのではないだろうか。
そうすれば、少なくても何枚かある、今でもいったいその人が誰か解らないまま(もちろん単純に忘れている可能性もある)毎年、やりとりをしている相手の正体が掴めるだろう。