実は、一年前から結構気になっていた。大抵の書店にいつも平積みされていたからだ。
今年の春先は関東方面の仕事が重なっていたため、毎週のように飛行機に乗っていた。そして長い移動を利用して随分いろんな本を読んだ。かといって旅行で無く、あくまでも仕事なので用意周到に読む本を選んで持っていけない。大抵の場合、空港の書店で買うしかない。そういう訳で簡単に手にはいるのは、どこにでもあるベストセラーか売れ残った文庫本とかになる。
その頃、読んでいたのは花村満月(皆月まんせー)だとか山田詠美(AtoZまんせー)とか田口ランディ(コンテントのみ、まんせー)とかだったのだが、どこの空港にもそいつは平積みで置いてあった。飯島 愛のプラトニック・セックスなんだけどさ。
まあ、断る必要もないが、別に飯島愛のファンでもないし、彼女のAV全盛時には独身でもなくなっていたので、残念ながらお世話になる事もできなかった。それでも読んでみたかった理由は後述する。
出た当時、それなりに話題になったし、相当、売れたらしいので、なにも自分で買わなくてもそこいらで読めるだろう、と思って忘れかけていたら、なんと今月、文庫化された。
いわゆるタレントの告白本の類で文庫化は珍しい。つまり他の告白本とは一線を引くと評価されての事だろう。
さてさて、これは告白本でも自伝小説でもなく、冒険小説である。ロードムービーだ。
その差別化は簡単だ。著者がタレント(この場合、飯島愛)でない他の誰か、あるいは架空の人物であっても物語として楽しめる。これは内田春菊のファザーファッカーも同様。しかし、両書ともタイトル良くないね〜。
平易な文章なので読みやすいし、編集も巧みだが、今では死に絶えた純文学に蹴りを入れるような本人の斬新な表現は眼が覚めるような想いだ。例えば、別れを惜しんで友人と別れるシーン「そして私たちは、はぐした」
見事な表現。「はぐ」吉本隆明も墓石の下でなんと思うのだろうか。
あっという間に読み終える枚数ではあるが、その間中、僕は想いを巡らす。
彼女の廻りに登場する様々な男たちの中で、僕はどのキャラクターに一番近いのだろうか、と。
本の読み方も音楽の聴き方と同じように自分勝手だ。単純にタレントの告白として読むのもよし、これまで出会った誰かと重ね合わせて楽しむのもよし、自分の立場に置き換えて読むのもよし。そして人の振りみて我が振り直すのだ。
今はもう思いっきり堅気の世界にいるので、こういった少年少女に出会うことももう無いだろう。今よりずっと若く、傷つきやすかった頃に想いを馳せる。なにも、俺も昔は悪くてさ〜なんて言うつもりは無い。当時の友人たちはみんな死んでしまった。のたれ死にだ。
物語は当時を綴った母親の日記で締めくくられる。そこで、じ〜んとしてしまった自分に気がつく。ああ、なんてこったい。結局、僕は同じ娘を持つ父親の視点でしか観てなかったのだな、と。
まんせー。
ありす8歳のBirthday