哀しくなると、何故、北へ向かうのか?
演歌の歌詞や古いドラマで多い。人は都落ちをすると北へ向かう。
何故、北にはマイナーなイメージがあるのだろう。
もっとマクロな視点で考える。
北区のほうが家賃が安い。
北高、南高とあれば、南高のほうがレベルが高い。
札幌市の話でなく、全国的にそうだ。
何故だ?
おそらく「北」という文字には、もともと違う意味があって、後に方角の意味に用いたのであろう。
だから、そういう固定観念が通じるのは日本だけかもしれない。
そもそも演歌のような情念は、日本にしかない。
ブルースの歌詞が演歌のようなものだという人がいるが違う。
そういった根拠を知らない固定観念に、僕たちはどのくらい縛られているのだろう。
月の満ち引きに呼応する子宮で物事を考えることができる女性に対して、特に男は観念に縛られた動物である。
「男というものは〜」みたいな言い方をすると、またすごい剣幕で怒られそうだ。
観念に支配される故にすべてに理由を求めたがるのだろう。
そして話の最初と最後で大きく矛盾する。
ああ、やっと気がつきました。
僕が悪かったです。ごめんなさい。