「村上春樹の最大の功罪は・・・」と彼女は言った。
僕に向かって言ったわけでない。
おでん屋で聴いた話。
同姓の同僚たちと円卓を囲んでいた。
「いいところは、世の中の男たちに本を読ませる習慣をつけたこと。それだけ」
「それだけ」と強く言った。
まるで話はこれで終わりだ、と言っているようだった。
そして彼女は黙った。正確には酒を飲むためだったのだが。
そうして話を続けた。
「悪いのは、世の中の男たちに勘違いさせたこと」
話を聴いていた円卓の女性たちがそうそうと肯く「女、わかってないよね」
「困ったことにさ、それを読んだ男たちが勘違いしちゃってるんだよね。たとえばさ、『初めて会ってエッチした、そして、その後、僕たちはなにもなかった』みたいなやつ。なにもないわけないだろー!女にはいろいろあるんだよ!男がいつも無神経に気がつかないだけだってつーの」
「あとさー、そうやってエッチしたあと『そして僕たちはコーヒーを飲んだ。それだけだった』みたいなやつ。
そんな時、コーヒーなんて飲めねーって。男が見てないだけで女はいろいろあるんだよねー。そういうのを間に受けるから、世の中の男が幼稚になるばっかなんだっつーの」
「純文学なんて気取ってる作家ってみんなそーなんじゃない?女を舐めてるよね」
そのくらい話していたところで、僕も黙ってるのが辛くなった。
村上春樹は僕もずいぶん読んでるが、なにもそれを貶されて辛くなったわけではない。
いま現在の中でそういうお眼鏡に敵う作家は本当にいないのか?と訊いてみた。
「いねーよ」即答。
「やっぱ、信じられるのはエイミーだけよね」
「そう、そう」
「山田詠美だって、男の立場から読むと結構、辛い時あるよ」
「エイミーの格好いいとこはね、いっぱい遊んでるように見えても本当に好きな男ができたら、その男としかエッチしないって感じするでしょ。間違いなくそういう感じがするのが素敵じゃない」
「それに比べたら、村上龍とかも同じ、自分しか見えない無神経あまちゃん」
「厳しいねえ」
「ごめんなさいね」
「いや、別にいいけど。村上龍は俺にとっては『愛と幻想のファシズム』の上巻で死んだ作家だから―
「でも辻仁成みたいなのは論外なやつよりかはましよ」
「じゃあ江國香織みたいなのは」
「あのねえ、あんなセックスで本当にイッた事がないような女とエイミーを比べないでくれる?」
「男性作家の中にも足が地に着いた人居るんじゃないか?花村満月とかさあ」
「あ、満月ね。満月はいいわ〜。あと町田町蔵とかもね、足が地に着いてる。認める」
さっき入れたばかりの焼酎のボトルが空いていた。
店の窓から見える空が白々としてきた。
「しかしさ、君たちさ。そうやって貶すけど、よくいろんな本、読んでるね。感心するよ」
「あのね。なにも読みたくて読んでるんじゃないの。好きな男がそういう本読むから、彼女としては読まないわけにいかないじゃない」
「だからそういう本読む男が嫌いっつー話じゃないの。むしろ好きよ。人前で平気で漫画読む男よりはなんぼか。ただ、世の中の男たちがそうやって感化されて夢見るから、あたしたち女が苦労してるんじゃん」
「よりによって、そういう夢見る無神経男の中にいい男が多いんだからこまったもんだ」
「だからさあ、またそういう男のために女が強くなるしかないかーって諦めるわけ。母親じゃああるまいし、そんなに強くなりたくなんてないんだけどさ、仕方なくまた頑張るわけよ」
「悲しいんだけど、そういう男がまた好きになっちゃうんだよねー」
「あー、そう、わかるー。頑張ろうね、またわたしたち」
「いえー、かんぱーい」
と、なる。
たとえ、これが音楽や映画の話だとしてもたどり着くところはいつも同じ。
そうしていつものようにまた僕はひとときの疎外感を感じるのだ。
ま、勘定の段階で呼ばれるまでね。